『たぬきの発情期』

飼いたぬきが捨てられる理由として、大きく分けて二つのものが挙げられる。

一つ目は喋る事である。
たぬきはちびたぬきから子たぬきに成長すると、人語を介し、辿々しく操るようになる。
例えば、「ｷｭｩｰｯ!ﾀﾆｭｰｼ!」「ｷｭｯﾁ!ｷｭｯﾁ!」という鈴のような愛らしい鳴き声で空腹を知らせていたのが、言葉を喋り始めると「ﾀﾇｷ､ｵﾅｶｸﾞｰｸﾞｰ､ﾀﾞｼ！」「ｵｲ!ｺﾞﾊﾝﾖｺｾｼ!」という憎たらしい要求へと変化した時。
例えば、撫でると「ｷｭｰ、ｷｭｰ！」と鳴いて甘えて来たちびたぬきが、ある日突然「さわるな…」と拒絶するようになった時。
例えば、トイレの場所を間違えて粗相をした際に「ちがうし…ごしゅじんがおくばしょまちがえたんだし…」とすぐバレるような誤魔化しをした時。
なまじ言葉を話す知能があるせいで、ただのペットとしてなら許容できていた事が、一々腹立たしく感じられるようになってしまう。
愛くるしい愛玩動物が、知性のあるわがままな同居人へと変貌してしまったギャップに耐えきれず、もう可愛がれないとペットショップに返品されたり、野山に捨てられるたぬきが多いのだ。
ペットショップもそれは織り込み済みなのか、返品されたたぬきはショーケースに入れられて割引きたぬきとして販売される。そのまま売れなければどんどん値引き率は増え、最終的にはたぬフードとして加工される運命が待ちうけているのだが…

そして、もう一つの理由は────

リモートワークの最中。もちもち、とてとてとたぬきの足音が聞こえてきて、飼い主の女性は顔をしかめた。
「あ…あの…ごしゅじん…」
たぬきに聞こえないように小さくため息をつくと、椅子をくるりと回して彼女に向き直る。
「なあに？たぬきちゃん？」
見れば、飼いたぬきの頬はほんのり朱に染まり、もじもじと足をくねらせながら何とも言えない目つきで飼い主を見上げていた。
「あっ…あのっ…！ちびっ、たぬきは…！ち…ちび！…欲しいですし…！」
（またなの…）
もう何度目になるかわからないその要求に、飼い主はうんざりした内心を隠しながらやんわりと拒絶を告げる。
「ごめんなさいね。今はおちびちゃんを飼う余裕がないの。もうしばらく我慢してね。」
飼い主は最近仕事が忙しくなってきており、たぬきに加えてさらに手間のかかるちびたぬきまで面倒を見る時間が取れないのだ。それならばと飼いたぬきにちびの世話を任せようにも、育児のノウハウの無い彼女だけではあっという間に死なせてしまうだろう。
「たにゅ…わ…わかったし…もうちょっとだけ我慢するし…」
要求を拒否されたたぬきは、ションボリした顔をいっそう悲壮感に溢れさせ、トボトボと別の部屋にあるペットハウスへと歩いて行った。
（最近様子がおかしいわ…病院に行った方がいいのかしら…）
わがままも言わず聞き分けのいい子だった飼いたぬき。それが最近事あるごとに新しくちびたぬきを飼って欲しいと要求してくるようになったのである。
その様子もどことなく異様で、飼いたぬきに何かしらの異常が起こっているように思える。
近いうちにたぬき病院に連れて行こう。そう考えながら飼い主はパソコンに向き直り仕事を再開するのだった。

重い足取りでペットハウスへと戻ってきたたぬきは、毛布にくるまり、いつも一緒に寝ているベアルフくん人形と尻尾をギュッと抱きしめると、切なげな鳴き声を上げ始める。
「ｷｭｳｩｩｩｩﾝ､ｷｭﾝ､ｸｩﾝ…」
それはまるで発情期の犬猫のような声色で、事実このたぬきは発情していた。
生殖器官を持たず、ポップで増えるたぬきには発情期など存在しないと一般的には認識されているが、実はそうではない。現にたぬきがある程度まで成長するとちびたぬきを育てたいという欲求が生じ、これは他の動物における交尾、出産の代償行為だと考えられている。
さらには、ある3つの条件を全て満たした場合、たぬきは通常の動物における発情期のような状態に陥ってしまうのである。
第一の条件は成体まで成長したたぬきである事。たぬきはちびたぬきから子たぬきを経て成体たぬきまで成長する事により、立派な親たぬきとしてちびたぬきを育てたいという欲求、通称ちび欲求が芽生え、親たぬきになるべくちびを求め始める。
第二の条件は周囲に他のたぬきが存在しない、もしくはごく僅かな事。たぬきの臀部から生えて地面に垂れた尻尾は周囲のたぬきが発するションボリを受信して存在を感知するレーダーのような役割を持っており、これを利用してたぬき同士で集まってスラムを形成するのだが、尻尾で感じるションボリの量が極端に少ない場合、種族を維持する本能が働きちび欲求が強まるのである。
そして最後の条件はちびたぬきがポップしない事。通常は前の二つの条件を満たした場合、ちびを求めるたぬきの強いションボリに反応して周囲にちびたぬきがポップするはずである。しかし、何らかの要因でそのポップが阻害されてしまうと、高まり続けるちび欲求とそれが満たされないストレスによりたぬきの脳が破壊されてしまい、たぬ脳下垂体から性徴を促進するホルモンの過剰分泌が開始される。それにより、たぬきの思考は異常なまでのちび欲求に支配されてしまうのだ。これが『まんし』と呼ばれるたぬきの発情期である。

「ｸｩﾝ…ちび…ちび、欲しいし…ﾀﾇｰ…」
この飼いたぬきを襲う強いちび欲求の正体。それは紛れもなくまんしである。
このたぬきはつい先日生後半年を迎え成体たぬきとなり、ちび欲求が芽生え始めたところであった。また彼女と飼い主の住む住宅の近所にはたぬきを飼う家は存在せず、尻尾から感じるションボリはごく僅かだった。さらには、この家の壁や家具には豆たぬき対策としてたぬきのポップを阻害する薬剤が塗布されており、その影響で家の中にちびたぬきがポップする事は無かったのだ。
知らず知らずのうちに、まんしを発生させる3つの条件を全て満たしてしまっていたのである。
もしこれを知っていればあらかじめホルモンの分泌を抑制する薬を注射することでまんしになる事を防げたのだが、まんしに関する情報はたぬきのイメージダウンに繋がるためペットショップでは教えてくれない。飼い主が知らなかったのも無理からぬ事であった。
薬の投与の他に、定期的に公園やたぬきランなどに連れて行き、他のたぬきともちもち交流させてションボリを補給すればまんしになる条件を回避できる。しかし、感染症が流行する現在、人、たぬき共に外出する機会も減り、このたぬきのようにまんしになってしまう飼いたぬきが増加しているのだ。

「おまた、変だし…じくじくするし…」
じんじんとしたおまたの疼きがたぬきを苛む。ぐしょりとした違和感を感じて股間を覗き込むと、パンツはおまたから出てきたネバネバの液体でビショビショに濡れていた。
「ひっ…なんだし、これ…！」
これはまんしの影響で今この瞬間もたぬ脳からドバドバ分泌され続けている性徴ホルモンが原因なのだが、たぬきには知る由も無くただただ困惑するばかりである。
「きたないし…ふきふきするし…」
たぬきはパンツを脱ぐと身体を拭くタオルを利き腕にぐるぐると巻き付け、おまたに手を伸ばして溢れ出た粘液を拭おうとした。
「ﾀﾇｯ⁉︎たにゅうぅぅぅぅん！？」
タオルがおまたに触れた瞬間、そこから脳天までを雷に打たれたかのような強烈な刺激が伝わり、たぬきは素っ頓狂な声を上げる。膝がガクガクと笑い、立っていられなくなったたぬきはぺたんと尻餅をついて座り込んだ。
「たにゅう…今の、なんだったんだし…？おまたが…」
（おまた？ちがうし…ここは───）
切れていたスイッチが入るような感覚。本能に刻み込まれたワードが自然に口をついて漏れ出す。
「『まんまん』…『まんまん』だし…！」
そして、たぬきは疼き続けるおまた、もとい『まんまん』をどうすればいいかを本能的に理解していた。
「まんまんし…まんまんし…ｷｭｲ!まんまん、気持ちいいし…！」
『まんし』の由来となった掛け声を発しながら、何かに取り憑かれたかのようにタオルを巻いた利き手でまんまんを擦り続けるたぬき。往復の毎にまんまんから伝わる快感はどんどん膨らんでいき、とうとう自分を抑えられなくなった彼女は四つん這いの姿勢になってまんまんをガッシガッシと強く擦り、だらしなく口を開きながら嬌声を上げ始めた。
「まあぁぁぁぁん！！！まあぁぁぁぁぁぁん！！！！！」
マスコット然とした愛くるしい外見からは想像だにできない獣性を剥き出しにした痴態を繰り広げるたぬきの視界に、傍に置いていたベアルフくん人形が映る。
「ちっ…！ちびっ…！ちびだしいぃぃぃぃ！！！」
ちびサイズのベアルフくん人形をちびたぬきと錯覚した彼女は、それをモチモチの両手でぎゅうっと掴んで抱き寄せ、犬の交尾のようにへこへこと腰を打ちつけ始めた。ベアルフくんにのしかかり腰を振るその光景は側から見ればまるでちびたぬきを強姦しているかのようであった。
「あっ…あっ…！なんかくるし…きちゃうじぃっ…！」
フィニッシュが近づき、腰の動きをさらに早めるたぬき。そしてとうとう彼女の視界は白くスパークし、一瞬ビクリと大きく身体が震えたかと思うとまんまんから透明な液体がﾌﾟｼｬｧｧｧｧ…と吹き出し絶頂を迎える。
「ちびっ…ちびいぃぃ…！ｷｭｯ!ｷｭｲｨｯ!ｷｭｳｩｩｩ〜〜〜！！！！！」
獣のような叫びと共に、ぬらぬらと光る液体がベアルフくんに降りかかり、べちょべちょに汚していく。絶頂の際にぴぃん！と伸びた尻尾が力を失い、重力に従ってだらりと垂れ下がった。
「ひぃ…はひ…まんまん、すごいしぃ…」
腰から力が抜け、へなへなとうつ伏せになるたぬき。先程の行為によって体力を使い果たしたのか、意識がどんどん微睡んでいく。幸せそうに放心する彼女は、眠りに落ちる瞬間までドアの端から注がれる失望と軽蔑、そして嫌悪の入り混じった視線に気付くことはなかった。

その日の深夜、ゴミ捨て場に設置されたたぬき回収BOXに近づくたぬきの飼い主の姿があった。
彼女は両手で持っていた紙袋を地面に下ろすと、その中に入っていたものを取り出し、それを包んでいる毛布を開いてその中身を露わにする。
「きゅー…すぴーし…」
欲望のままに全てを吐き出し、清々しい顔で眠る飼いたぬき。その姿を嫌悪感に満ちた表情で一瞥すると、飼い主は彼女の胸にキラキラと輝く『飼いたぬき勲章』をむしり取った。
たぬきが起きていればダヌー癇癪間違いなしの所業であったが、幸か不幸か、先程の行為で体力を使い果たしたぬきは深い眠りの世界に旅立っており、目を覚ます事はなかった。
たぬきから勲章を外した『元』飼い主は、汚物でも扱うようにたぬきの背中をつまんで頭からたぬき回収BOXに投入した。
彼女は投入口からゆっくりとずり落ちていくたぬきの尻を冷ややかな目で見つめながら、もう一方の手で持っていた飼いたぬき勲章を引きちぎり、メダルと紐の部分に分解する。
そうして、メダルを金属ゴミ、紐と紙袋、そしてたぬきを包んでいた毛布を燃えるゴミの回収箱に捨てると、くるりと身を翻し、振り返る事なく自宅へと戻っていくのだった。

ぽよんっ　もちっ
翌朝。頬に何かもちもちしたものが当たる感触がして、たぬきは微睡みから覚醒する。
「ふみゅ…？」
ここは何処なのか、そんな事を考える前にたぬきの意識は隣でジタバタ蠢くものに注がれた。
「ｷｭｳｩｩｩｩ!ｷｭｴｪｪｪｪｪﾝﾁｨｨｨ!!!」
「ちびだし…！」
それは近くでポップし、通り掛かった人間によってたぬき回収BOXへと投げ込まれたちびたぬきであった。たぬきはジタバタと手足を動かすちびを拾い上げると、もちもちすりすりと優しくほっぺを擦り付けて安心させる。
「ｷｭ…」
「よしよし…ママですよし…」
「ｷｭｯ♪ｷｭｲｰ♪」
ちびともちもちを繰り返すたぬき。
いつの間にかじんじんとした股間の疼きも収まっており、なんだかすっきりとした気分だった。
「ｷｭｯ…ｷｭｳｩｰ…!」
「ﾀﾆｭｰﾁ!ﾀﾆｭｰﾁ!」
「ﾏﾏ…ﾏﾏﾀﾞｼ…?」
「ｷｭｳｰﾝ♪」
「ﾅﾃﾞﾅﾃﾞｼﾃﾁｰ!」
それだけではない。隅っこの方でたぬき玉を作っていたちびたぬきの集団も、同族の気配を察知して集まってきた。
「ちびぃ…！よしよしし…こっち来るし…！」
たぬきは擦り寄り甘えてくるちびの集団を両手で抱えると、ぎゅっと抱き寄せてまとめてもちもちとお互いの頬をくっつけ合う。
日が昇り人通りが増えると共に投げ込まれるちびの数も増え、とうとう抱え切れなくなったちび達はたぬきの全身に群がり、ほっぺをもちもち擦り付けて抱っこしてとアピールを続けていた。
「ちびが…ちびがいっぱいだしぃ…」
捨てられた事もつゆ知らず、念願のちびに囲まれたたぬきは多幸感で満たされているのだった。

おわり




・たぬき回収BOX
ションボリを集めて至る所にポップするたぬきの対策として自治体により設置された、たぬきを入れるゴミ箱。
捨てられたたぬきは定期的に回収され、主にたぬフードの原料となる。　

・その後のベアルフくん
たぬきのおもちゃとまとめて次の日のゴミに捨てられた。